沖縄のおじいさん

一昨日のテレビ番組でのこと。
戦争中に親と兄弟姉妹を自分の手で殺したと告白していました。
洞窟の中でアメリカ兵からの攻撃を逃れながら、子供は邪魔だから殺せと日本兵にどやされ、泣く泣く我が子を殺す母親、子供を殺せないでいると、子供と一緒に母親も撃ち殺される…地獄のような日々が続いたそうです。

母親に殺してくれとせがみ、母は息子(おじいさん)に殺してくれとせがみ、泣きながら押し問答が続き、とうとうお母さんを殺してしまった。
正常な判断はできない、国のため、命を投げ出すことができないことは恥じ、生き恥をさらすなら死ぬ、そういう思想が紙の先から足のつま先まで染みこんでいたから、そんなことになったのだと涙ながらに語っていました。
高校時代、教科書に載っていない沖縄戦の話を先生がプリントにしてくれた内容と同じでした。
しかし、何十年も母と向き合って生きていると語っていました。

そのおじいさんが、中学生の男の子が両親を殺害した事件の新聞を見て、悲しんでいました。「今だったら、話し合って理解できないことなんか無いはずなのに…」と。

島唄を演奏しています。
この番組を見ていて、島唄を思い出しました。
偶然、昨晩はスマスマに宮澤さんが出ていて、島唄ができるまでのエピソードを語っていました。
悲しみや苦しみと向き合って生きることは大切だけれど、辛いことでもある。
憎しみに変えることなく、唄に変えて伝えていく。

自分が踊りたいから、演奏したいから、そんな気持ちで始めたことだけれど、もう大きな一歩を踏み出していることに気が付きました。
伝えたいという漠然とした気持ちがあって、原動力になっているのだけれど、強い意志と信念がなければパフォーマンスで終わってしまう。

20代前半に2回沖縄へ行きました。
今、もう一度沖縄へ行くとしたら、全く目的が異なったことでしょう。
沖縄へ行くことがあったら、自身を持って島唄を演奏できないとダメだ。

昨日、綾瀬クラスでレッスン後に玲華のボンゴとわたしのギターで演奏してみました。
次会もまたやります。
魂をこめて。
SONは何処の国の誰が演奏してもSONなんだ、CUBAのおじいさんがTVで言っていた。
日本人のわたしが演奏してもSONなんだ。
自身と信念を持って演奏します。
島唄に挑戦しよう。
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by noriko.f | 2005-09-27 23:36 | つぶやき  

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