CUBA音楽との出会い

それは8年前のこと

ハードワークな日々を過ごしていたので日曜日は家でのんびりしていることが多かった
その日も平凡な日曜日を過ごしていた
ブランチをのんびり食べ終えて、だらっとテレビを見ていたら
村上龍のCUBAドキュメンタリー番組が放映中だった
中山美穂をCUBAに連れて行って、ダンスレッスンやら歌の練習やらするというもの

a0028424_935176.jpg南の島だなぁ、明るいなぁ、スペイン語なのかぁ…
え、サルサってCUBAだっけ?
中山美穂が1週間も練習してるよ、そんなに難しいの?
え、ソンってなに?
何だかよく分からないけど、こんな音楽が身近にあったら一生楽しいだろうなぁ!

ぼんやりとそう考えたことが全ての始まり
結婚、出産が早かったので、ダンスとも遠ざかっていたし、音楽も何かやりたいとずーっと思いながら、どこかにその気持ちを押し込んで生きてきた感じがする

そして、おそるおそる、その世界に足を踏み入れることになる

まずは、ダンスのレッスンから
雑誌でダンススクールを探して、週末に見学に行ってみるがどこも話にならない
簡単すぎてつまらないから
何を生意気な!と言わないでw
サルサのコース3ヶ月、それ以上やりたい人はラテン総合コースへって言われたけど
2ヶ月やっている人たちのステップは10分くらい見ていたら覚えちゃうくらい簡単なもの
今思えば、ペアだってテンションのないフォークダンスみたいなものだったし
行かなくてよかった、原宿と池袋のスクールw

どうしてもみっちりと習いたかったのでクラブレッスン以外で探してみる
どう考えても自分の方向性と合致している先生が見つかる
それが塩田師匠だ
その選択は正しかった
当時はまだ日本でCUBAスタイルのサルサを教えている人は多くなかったけれど
最も濃いところへ飛び込んでしまったのだがw

塩田先生のレッスンに通い始めて、最初の夏、仲間の数名がCUBAへ行ったけど
次女が小さかったので断念
次の年も数名がCUBAへ
長女が受験のため断念
そんなこんなで8年越しのCUBAとなった今回の旅
ホセ・マルティ空港に着いた時、CUBAで1歩めを踏んだ時
感動したよ、8年も待ったのだから
諦めなくてよかった、来てよかった、旅行中は常にそう思っていた

単純に大好きな音楽とダンスにどっぷり浸かれる幸せも感じた
今までずーっと聞いてきた音楽の別のポイントが自分の身体の中に吸収されてきた
やっぱり行かなくちゃダメだったんだ
もう遅いくらいだったけど、タイミングは人それぞれやってくるものなんだ

そんな私にCUBANOはとても優しく親切だった
嫌な思いなどさせられたことはない(ドレッド君の失礼な態度は別物としてw)
東京にいて日常生活を送っている方が遙かに嫌な思いをすることが多い
この人なつっこさと、お節介さと、したたかさが癖になる
そんな彼らの気質が生み出す音楽
ただスペインの文化とアフロの文化が融合したとか、歴史的にどうだとかそれだけではない
彼らの気質もそれが背景だと言うならそうなるのだろうけど

無機質な顔で何かを表現できるはずなどない
身体の中から溢れるものが無ければアーティストなどと言えない
何かやらなくちゃ…と言っているうちは表現なんかできないよ
もう、やりたくて仕方ないから表現なんだ
そして、彼らのテクニックは舌を巻くどころではない
オスカル師匠、パブロ、サンティアゴのミュージシャン達
職人技というか巧みの技
多少なりとも技術向上に努めなければ、キューバ音楽を表現していますとは彼らに対して恥ずかしいと改めて痛感
オスカル師匠曰く、オリジナルが大事と言っていたけど、練習はもっと大事だ

レッスン中は一度も褒められることもなく
会話があまり成り立たないわたしとオスカル師匠だった
日本人がしょっちゅうレッスンを受けにきているので
慣れているのだろうと思っていたけれど
Habanaを発つ前に挨拶に立ち寄ったら、初めて褒められた
自分の声がキレイということ、言われたことを直ぐに反映できて賢いということ
オスカル師匠、ありがとうございます!
でも、「日本に帰っても練習に励みなさい」と念を押された
そう、練習は大事なことだよ

教えていただいたことをかっちりやれたら弟子として最高の恩返しになる
目標にしている人はたくさんいるけど、先ずは教えていただいたことを習慣になるまで練習しよう

そうやって一つひとつ形にして与えてもらった何かを返していこう
自然とそういう気持になることができた旅だった


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by noriko.f | 2008-04-08 14:33 | CUBAキューバ  

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